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大塚家具の騒動はヤマダ電機に身売で決着した創業者勝久氏の一言が悲しい!

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12月11日大塚宅を訪れた久美子社長に父勝久氏は「何でもっと早く相談しなかった」4月に「匠大塚」の開店に花束を持ち久美子社長が訪れている。

「だだのお祝い」と久美子社長は言っていたがやはり何かを相談したかったのではないか推測する、12月11日の勝久氏訪問は久美子社長は深刻だった、父親の勝久氏に告げた「明日分かります」と告げたのです。

それはヤマダ電機えの身売りだったのだ、沈黙は続いた・・勝久氏は娘が苦労続きを勝久氏は知っている、やはり親子なのだ翌日大塚家具がヤマダ電機の子会社が発表された、ヤマダ電機は大塚家具の株を大半を取得していた。

久美子社長が父勝久氏の元に訪れた12月11日

久美子社長は勝久氏の元を12月11日訪れた、「明日分かります」は久美子に言った、父親の勝久は「何でもこう成る前に一言相談しなかった」と久美子社長に言ったのです。

大塚家具の久美子社長は2015年公開親子喧嘩をし委任状争奪戦で久美子社長が勝利し久美子社長が会社経営の実権を握った、その後は久美子社長は父勝久氏と語り合う事はなかった。

久美子社長の間違いは創業者父と公開喧嘩

大塚家具の創業者で父と公開喧嘩はマスコミは大きく報道した、大塚家具のイメージは最悪の結果になった、決算はいつも赤字続き株主は離れた、しかも赤字は3年も続くことになった。

銀行も取引を辞めた社員は1年前は1200人の社員を雇入れていたが有望な社員が去った、大学生時代の同級生も勤務していたが大半は大塚家具を辞めた。

久美子社長のやる気もこの頃から消え失せた、模索するのは助け企業との協力だけとなった。

まとめ

大塚家具の社長勝久氏は久美子は自慢の女の子だった、いつも学校の帰りに大塚家具の工場に見学し家具を眺めていた。

ある日勝久氏は社員の前で久美子に「挨拶をしなさい」と求められる、久美子はためらう事なくで堂々と挨拶をした、その光景を目にした勝久氏は将来は大塚家具社長は久美子と決めたのだ。

その久美子が勝久氏を追い出すとは予想はしなかった、世間にも同族経営会社は多く有る、同族企業の良いところは有るのだろうか、確かに有るが少ない。

企業が大きくなれば同族企業は弱い社長は親の助けで社長に就任している、実力の有る他人を社長にできる覚悟は有るか、それがないと同族企業は駄目だ。

大塚家具の久美子社長は社長の席を捨てるのが良い、久美子社長の苦労続きを勝久氏は見たくないのでは、勝久氏は如何に思うのだろうか、最後までお読みいただきありがとうございます。




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